[ 作家略歴 ] 1805年生まれ。
風景・海洋画家。
サロンに1831年から48年まで出品している。画家として各地を旅行し、1846年 の「スイスの風景」で注目を集める。
また、海洋画家として、ノルマンディーやブルターニュの海岸風景を多数残している。
[ 作家略歴 ] 1818年生、1892年没。
フランスの風景・動物画家。
エコール・デ・ボザールではレオン・コニエの門下であったが、自然主義的な傾向に影響され、 風景画に専念するようになった。
森の中で描くことを好み、フォンテーヌブローでもリトグラフやエッチングなどを数多く制作した。
水彩やグアッシュにも優れており、自然の風景に対する強い関心において、バルビゾン派の画家たちと共通している。
生存中から人気作家で、1874年には早くもパリのオークションでの売り立てが記録されている。(700F)
現在ではその50倍の価格で取引されていおり、フランスの美術館にも多数所蔵されている。
[ 作家略歴 ] 1815年生、1880年没。
スペインのセビリアに生まれ、フランスとスペインで活躍した風景動物画家。父アントニオも画家。
動物画家のコンスタン・トロワイヨンに師事した。1880年に亡くなった後、急激に人気が出た画家。
100年後となる1990年位からオークションの出品が増えてきており、今後評価の楽しみな作家である。
[ 作家略歴 ] 1802年に生、1868年に没。
パリに生まれる。
ロマン主義的自然主義者、と自ら名乗っていた風景画家。
ドカンやユエの友人で、ニコラ・ルイ・カバの師でもある。
美術学校のアカデミックな教育を嫌い、自然から直接学ぶことに専心する。
1831年のサロンに初入選。
1835年頃、リラダンでデュプレと出会う。
フォンテンブローの森の中に自然を学びに行く事を思いついた最初の画家の一人。
1846年「ラルティスト」誌に「パステルによる風景画論」を発表し、多くの支持者を得た。
「ガンヌの宿」の常連で、バルビゾンのルソー美術館にも彼の作品が所蔵されている。
[ 作家略歴 ] 1826年生、1900年に没。
パリ近郊ベルシーに生まれる。
コローに師事し、1859年のサロンに3点の風景画で初入選する。 以後、亡くなるまでノルマンディーの海景やフォンテーヌブローの森の風景などを描いた作品を毎年定期的に発表した。
農家の中庭、林間の空地、森やオワーズ河畔など、素朴な田園風景を詩情豊に表現した。 ニワトリ、アヒルなどの動物画も多い。
1874年と1879年のサロンで受賞、1900年の万国博覧会では金賞を受賞している。
1881年にはレジョン・ドヌール勲章を受章。
グルノーヴル、ルーアンなどフランス各地の美術館に多数作品が収蔵されている。
[ 作家略歴 ] 1811年生、1889年に没。
フランス西部ナントに生まれる。父が経営する陶器工場の絵付師として出発し、12歳から油彩画を学び始める。
1825年にパリに出て、工業装飾家として修業する一方、ルーブル美術館に通い、風景画を研究。ドラクロワやドカンらと知り合い影響を受け、1831年のサロンにロマン主義的な風景画で初入選。
1834年にイギリスを訪れ、コンスタブルやボニントンらの自然主義的な画風に傾倒していく。帰国後はルソーと親交を持ち、一緒に制作をしたりしている。トロワイヨン、ドービニー、ミレー、ドカンらとも親しかったが、フォンテンブローで制作することは少なかった。
1850年にリラダンに移住、再びロマン主義的な画風の作品を制作した。
[ 作家略歴 ] 1798年生、1881年没。
ベルギーのブリュッセルに生まれる。彼の父も画家で、幼い時から彫刻を学び、その卓抜したデッサン力によって注目される。
主に動物画家として、当時のヨーロッパでの人気作家の地位を不動のもととする。特にアメリカとイギリスでの人気が高く、1904年には早くもニューヨークのオークションで出品歴をみる事ができる。ヨーロッパ各国での勲章を受章しており、フランスではレジョン・ド・ヌール十字勲章を受章。死後も彼の人気は衰えることはなく、今やサザビーズやクリスティーズのオークション常連画家である。
オランダやベルギーなどの美術館が多数作品を保有している。
[ 作家略歴 ] 1836年に生、1897年に没。
パリに生まれる。
1865年からサロンで活躍し、72年と79年に二等賞、75年と78年に三等賞を受賞、89年には遂に金賞を受賞し、1886年にレジョン・ドヌール騎士勲章を受章している。
パリ生まれの風景画家として洗練された明るい作風が特色であるが、水彩、挿絵、版画などでも才能を発揮し、レ・ミゼラブルの挿絵やミレー、コローなどの複製版画なども制作するなどマルチ芸術家としても有名である。
フランス各地の美術館が彼の作品を収蔵している。
[ 作家略歴 ] 1810年生、1865年に没。
陶芸家の息子としてパリ近郊セーヴルに生まれる。陶器工場の絵付師として働きながら、余暇に自然に即した風景画を描く。
1824年頃ディアズに出会う。その後デュプレやルソーとも親交を結び、バルビゾンの「ガンヌの宿」の常連となる。
1847年にはオランダとベルギーを訪れ、ポッターやカイプらの動物画に強い影響を受け、自分の進むべき道を自覚する。帰国後は、牛や馬などの家畜をモチーフにした作品で好評を博す。
バルビゾン派の動物画家として独自の画境を築いた。
[ 作家略歴 ] 1820年に生、1889年に没。
パリに生まれる。版画家アドリアン・ラヴィエイユの弟。
1841年からコローに師事し、友人シャントルイユと共にコローの最も優れた弟子と言われ、非常に評価が高い。
1844年にサロンに初出品、1849年、1864年、1870年に受賞している。
バルビゾン村の「ガンヌの宿」の常連の一人で、フォンテンブローの森で制作をし、自然の持つ哀愁や悲しみを好んで描いた。
1878年にはレジョン・ドヌール勲章を受けている。
[ 作家略歴 ] 1829年に生、1909年に没。
ベルギーのティエルトに生まれる。ジャックに師事し、その影響を強く受ける。
1867年からはバルビゾンに移住し、亡くなるまでの40年間羊を主題にして描きつづけた。
羊飼いと羊の群れ、羊小屋の内部などを描いた彼の作品は、美術愛好家の間で人気を博した。
[ 作家略歴 ] 1842年に生1924年に没。
ドービニーの弟子。
パリのサロンからの要請により、1875年から1923年までの間参加している。
哀愁を帯びた田舎風景を表現する事を得意とし、調和のとれた美しい色合いの筆使いによる作品は、ミレーや師匠であるドービニーの作品表現に近いものを感じさせる。
[ 作家略歴 ] 1842年に生1924年に没。
1879年以来パリのサロンへ作品の出品をし、そしてフランス人芸術家協会のサロンへも出品をしている画家。
1890年には第3位勲章受章、1892年には第2位勲章受章、1907年には版画作品においても受賞している。
特にリムザン地方を、時にはピレネーやブルターニュ地方まで出かけていき、そこに生活する羊飼いや羊の群れを題材に作品を描いた。
制作の手法としては、とにかく現地において描きたい場面を簡単なデッサンにて描きとめ、その後三モールのアトリエに戻って、心象を思い起こしながら作品を仕上げる方法をとっていた。
[ 作家略歴 ] 19世紀から20世紀初頭にかけて活躍した風景動物画家。
その作風から受ける印象により、風景動物画家であるジャン・フェルナディン・シェニョーの息子ではないかと憶測されているが、現在では詳しい事はわかっていない。
鑑定家ミッシェル・ロドリグ氏は、共同制作者の一人であろうとの見解を示されており、詳細はこれからの研究に委ねられるであろう。
主に夕暮れのバルビゾン風景を描いた画家で、その叙情性が注目を浴びてきている。1977年以降にオークションに多く出品されるようになり、90年代になると400万円以上の高値が付く作家作品に成長してきている。